北前館は竹野海水浴場が目の前の日帰り温泉施設。お食事や新鮮な魚介類をお楽しみいただけます。

 
江戸時代中期の寛文12年(1672)、河村瑞軒が整備した西廻り航路を往来して、物資の大量輸送に活躍した大型木造和船。四角い一枚帆を用い、帆の反数 で船の大きさが判別できる日本独特の構造をもっている。積荷を増やすため、船の前半部の三の間・アカの間を幅広く作り実石数より多く積めるように工夫され た。このため、船体はズングリした型であるが、耐波性と安定性に富み、日本海の荒波を乗越える頑丈な船体であった。大阪から瀬戸内海を通り、日本海を経て 北海道までの諸港に寄港しながら、日常生活の必需品を運ぶ。荷物の運搬と商品売買の二面性をもち、かなりの利潤をあげた。菱垣廻船・樽廻船に代表される 「運賃積み」に対して、生産地と需要地との価格差により利益をあげる商法で、「買積み」という経営の方法である。

【北前とは】
江戸時代に瀬戸内海岸では下関を廻り対馬海流に乗って日本海に入ることを「北前」といい、瀬戸内から見て北の方、つまり日本海海域を指す。そこを通って瀬 戸内に入ってくる船を北前船といい、大阪を中心とする瀬戸内の人々が呼んだ呼称である。これに相対する語に、「東前船」の呼び方がある。秋田から津軽海峡 を経由し仙台を経て銚子に至るコースで、日本海を廻り大阪に入る北前船に対し、奥羽の大平洋岸を廻る船を江戸から見た呼び方である。





【船艦札】 
領内での貸物運送営業を許可する鑑札。
【磁  石】 
十二支で方位を示した和磁石、和船の航海はこの磁石だけが頼りであった。舵取り用には十二支を逆に入れた逆針磁石を使用した。
【遠眼鏡】 
日本製の望遠鏡。和紙を漆で固めた筒や竹筒にレンズを取り付けているので金属製より軽い。
【船絵馬】 
船乗りや船主が航海の安全を祈って地元や寄港地の神社寺院に奉納した。通常横から見た船を描いているが、真後ろや前から描いた図もある(また神仏に祈って危うく遭難から免れたお礼に奉納した遭難絵馬も残っている)